医療サービスについては、医療経済実態調査が全国から抽出された病院と診療所を対象に実施され、賃金、物価や薬剤費の動向等が各医療機関の支出の構成比にどのような影響を与えたかが収集された財務データより明らかにされる。
こうした支出の増加に対して、全体として見合う程度の引き上げを行うことが診療報酬を改定する際の原則であり、後述するように一九七〇年代においてはこの原則がほぼ踏襲されていた。
ところが、昭和五六(一九八一)年以降は支出増は診療報酬の引き上げにそのまま結びつかず、医療費全体の増加分を差し引いたうえで改定幅を決める方式に変わった。
つまり、医療費の増加は医療機関にとっては収入増を意味するので、こうした収入増の部分を差し引いたうえで改定されるようになった。
確かに診療報酬の改定を行わなくても、高齢化による患者数の増加や技術の進歩による医療の高度化によって医療機関の収入は増えるので(これを「医療費の自然増」と呼んでいる)、それをある程度考慮するのは妥当かもしれないが、「自然増」部分を全部控除するのは問題が多いと言えよう。
だが、そもそも医療における「コスト」の概念が必ずしも明確でないこともあって、医療費を抑制するべきであるという大合唱の前に「自然増」部分を差し引く方法が定着するようになった。
支出増から「自然増」部分をそのまま差し引くということは、たとえば電鉄会社において乗客増や特急列車の増発により収入増があれば、経費増はすべて吸収できるので運賃を値上げしなくてもよい、という議論と同じであり、結果的には収入を増やすために必要であった人員の増員や車両の整備費等が無視されるのと同様に、病院における経費増が考慮されないことになる。
一九八〇年代においては、「自然増」部分が控除されて診療報酬が実質的にはほとんど引き上げられなかったため赤字の病院が増えた。
次に、薬剤費の部分については、全国の医療機関と問屋を対象に「薬価調査」が実施されている。
この調査の目的は、医療保険で決めている各薬剤の公定価格(これを薬価という)と、医療機関が問屋より購入する市場価格との衆離を調べることにあり、調査の結果、諦離幅が許容される範囲よりも大きかった場合には、その薬剤の薬価は引き下げられる(詳細は次章参照)。
そして、薬価の引き下げによって浮いた財源が、医療サービス部分の診療報酬の引き上げに利用されている。
さて、以上の説明から、この二つの調査結果に基づいて診療報酬の引き上げ幅は機械的に決まるような印象を与えたかもしれないが、実際にはこのプロセスはもっと複雑である。
医療機関の支出増の算定、および賃金や物価等の変動を数値化する際にはさまざまな方式があり、そのどれを採用するかは以下述べるように、政府全体の予算や保険料収入などの財源面との関係で決まる要素が大きい。
そして、このようにして決まった改定率も医療課が事務当局として用意した原案にすぎず、これに基づいて一方では大蔵省、他方では日本医師会を始め関係団体との折衝が重ねられ、最終的な引き上げ幅が決まることになる。
医療費を賄う方法は次の三つである。
最も大きく全体の五割強を構成するのが保険料、次に大きいのが一二割を構成する国や地方自治体の一般財源、残りが患者の医療戟関の窓口での自己負担である。
医療費を賄ううえでいずれも重要であるが、二年おきに行われる診療報酬の改定に際して、決定的な役割を果たすのは次の二つである。
自己負担分の増加に関しては、とくに低所得階層の受診の妨げになるという理由で取り上げられることは少なかった。
そして第二章で述べたように、自己負担割合を二割に統一するのが政策課題となっていた。
最近になって、給食料にとどまらず高齢者等に対する自己負担増が検討されている。
その一つが国の一般財源(所得税、法人税、消費税等)からの助成であり、国民医療費の約四分の一がそれによって賄われている。
一般財源からの歳出は大蔵省が作る予算にすべて計上する必要があるので、医療費に対する歳出も当然ながら全体予算の中に組み込まなければならない。
ちなみに、医療費に対する一般財源からの歳出は防衛費全体にも匹敵する規模であるので、大蔵省としては歳出額がどの程度になるかは大きな関心事である。
ところが、一般財源からの医療費に対する歳出のほとんどは政管健保と国保に対する助成であり、その額はこれらの保険によって賄われている医療費の一定割合であるので、医療費が増えれば国の負担も増えてくる。
したがって、国の負担額を決めるためにはこれらの保険で賄われている医療費を推計する必要がある。
医療費は各診療行為の価格(保険の点数)にそれぞれが実施された回数をかけた合計であり、前者は診療報酬によって統制できても、後者は各医療幾関で実際に提供した回数に応じて出来高払いで支払われているので、本来ならば直接コントロールできないはずである。
つまり、厚生省としては医療費をあらかじめ予測できないはずであるが、実際には次の葦で述べるようなさまざまな手法を用いて量(回数)の面についてもかなりコントロールできている。
そのため診療報酬の改定幅(価格)が決まれば医療費全体を比較的正確に予測することが可能となっている。
大蔵省としては予算を編成する前にあらかじめ診療報酬の引き上げ幅を決めてもらう必要がある。
大蔵省の概算要求が行われる九月の時点では、中医協において未だ引き上げ幅が確定していないが(そのため一般財源からの医療費支出は「未定」となっている)、一二月の大蔵原案がでるまでには医療費に対する一般歳出が計上されている。
ただし、一般財源からの歳出の中には公費負担医療もあるため、医療費に対する歳出額と改定幅とがどのような関係にあるかは公表されていない。
もう一つが保険料であるが、診療報酬を決めるうえで最も問題になるのは政管健保の保険料である。
国の一般財源からの助成額としては、国保のほうが大きいにもかかわらず、政管健保の動向のほうが注目されるのは以下の理由による。
第一に、政管健保は保険者の中で最大の規模であり、財政状況についても明確に捉えることができる。
これに反して組合健保や国保はそれぞれ財政状況が異なる何千という保険者に分かれており、各々の保険料率もすべて異なる。
したがって、赤字の組合健保や国保の増減によってその財政状況を捉えたり、各々の保険料率の動向を観察することはできても、全体としての状況を把第二に、政管健保を運営しているのは、その名前が示すように厚生省、とくにその中の保険局である。
つまり、保険局の中には医療費の推計を行い、診療側と交渉に当たっている医療課と、日本における最大の保険者である政管健保を管轄している企画課の両方がある。
仮に医療費を過小に推計してしまった場合には支出過剰となり、厚生省保険局の責任で不足部分をどこからか捻出しなければならない。
具体的には、保険料を上げるか、あるいは大蔵省に助成額の増額を求めるかのいずれかを行う必要がある。
以下に述べるように、そのどちらを行うことも、一九八〇年代においてはきわめて困難であった。
正確には、企画面は保険局企画課、実務的運用面は社会保険庁が所管している。
以上のように、政管健保は医療費全体の動向を把握するバロメータと先導役の役割を同時に果たしている。
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